給料が差し押さえられるかもしれない。その不安を抱えたまま情報を探している方に向けて、この記事では条件・手続きの流れ・差し押さえられる範囲を、条文にもとづいて整理します。
先に押さえておきたいのは2点です。給与の差押えは、ある日突然行われるものではなく、法律上の要件を満たした場合にのみ行われます。そして、差し押さえられる金額には法律で上限が定められており、給与の全額を持っていかれることはありません。
この記事は一般的な情報の整理であり、法的助言ではありません。個別の判断は弁護士・認定司法書士・法テラス等にご相談ください。

給与差し押さえが行われる条件
民間の借金の場合は「債務名義」が必要
債権者が強制執行を申し立てるには、債務名義と呼ばれる公的な文書が必要です。督促状が届いただけの段階では、差押えはできません。主な債務名義には次のようなものがあります。
| 債務名義の例 | どういうものか |
|---|---|
| 確定判決 | 訴訟で支払いを命じる判決が確定したもの |
| 仮執行宣言付支払督促 | 支払督促に督促異議がなく、仮執行宣言が付されたもの |
| 和解調書・調停調書 | 裁判上の和解や調停が成立して作成されたもの |
| 執行証書 | 強制執行を受け入れる旨の記載がある公正証書 |
督促状や裁判所から届いた書類は、捨てずに届いた順にまとめて保管しておくと、相談のときに今どの段階にいるのかを確認しやすくなります。
税金・社会保険料は別のルート
税金や社会保険料の滞納については、裁判所の判決を得ることなく、行政による滞納処分として差押えが行われます。民間の借金とは手続きが異なり、進行が早い場合があります。
あわせて押さえておきたいのが、租税等の請求権は破産法253条1項1号で非免責債権とされており、自己破産をして免責許可の決定を受けても支払義務が残るという点です。個人再生でも一般優先債権として扱われ、再生計画による減額の対象にはなりません。税金・社会保険料の滞納は、債務整理ではなく徴収の窓口への相談で対応すると考えてください。
差押えに至るまでの流れ
民間の借金では、返済の遅れ、督促、期限の利益の喪失による一括請求、債権譲渡や訴訟・支払督促、債務名義の取得、という段階を経て強制執行に至るのが一般的です。つまり、裁判所から書類が届いた段階が、動くべき最後の重要な局面です。支払督促は送達を受けた日から2週間以内に督促異議を申し立てないと仮執行宣言が付されます(民事訴訟法386条2項、391条1項)。参考:督促手続について(法務省)
手続きの流れ
1. 債権差押命令の申立て
債権者が、債務名義にもとづいて執行裁判所に債権差押命令を申し立てます。申立書には、差し押さえる債権(給与)と、第三債務者(勤務先)を特定して記載します。
2. 差押命令の発令と送達
裁判所が要件を確認して差押命令を発すると、まず第三債務者である勤務先に送達され、その後に債務者本人にも送達されます。勤務先に先に届くのが通常の順序です。本人が知る前に会社が知る、という形になるのはこのためです。
3. 取立てができるようになるまでの期間
金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に差押命令が送達された日から1週間を経過したときに取り立てることができるのが原則です(民事執行法155条1項)。ただし、差し押さえられた債権が給料等である場合、この期間は4週間に延長されています(民事執行法155条2項)。債務者が差押禁止債権の範囲変更を申し立てる時間を確保するための規定です。
なお、養育費など民事執行法151条の2第1項各号に掲げる義務にかかる金銭債権が請求債権に含まれている場合は、原則どおり1週間とされています。
4. 勤務先から債権者への支払い
取立てが可能になると、勤務先は差押えの対象となる金額を債権者へ支払います。複数の差押えが競合している場合などには、勤務先が供託を行うこともあります。
5. 完済まで継続する
給与の差押えは、その月だけで終わるものではありません。請求債権と執行費用が満たされるまで、毎月の給与に対して継続して効力が及びます。

どこまで差し押さえられるのか
ここが最も知りたい部分だと思います。条文を確認します。
原則は手取りの4分の1まで
民事執行法152条1項は、給料、俸給、賃金、退職年金、賞与およびこれらの性質を有する給与に係る債権について、支払期に受けるべき給付の4分の3に相当する部分は差し押さえてはならないと定めています。つまり、差し押さえられるのは原則として4分の1までです。
ここでいう金額は、額面ではなく、所得税・住民税・社会保険料を控除した後のいわゆる手取り額を基準に計算されます。
政令で定める額(33万円)を超える場合
同じ152条1項には続きがあります。4分の3に相当する額が、標準的な世帯の必要生計費を勘案して政令で定める額を超えるときは、政令で定める額に相当する部分が差押禁止となります。給料が毎月支払われる場合、この政令の額は33万円です(民事執行法施行令2条1項)。
言い換えると、手取りが44万円を超える場合には、33万円を超える部分の全額が差押えの対象となります。44万円の4分の3がちょうど33万円になるため、そこが分かれ目になります。
| 月の手取り | 差押えの対象となる額(原則) | 手元に残る額 |
|---|---|---|
| 20万円 | 5万円(4分の1) | 15万円 |
| 30万円 | 7万5,000円(4分の1) | 22万5,000円 |
| 44万円 | 11万円(4分の1) | 33万円 |
| 60万円 | 27万円(33万円を超える部分) | 33万円 |
この仕組みにより、どれだけ収入が高くても手元には33万円が残る形になります。上の表は原則的な計算を示したもので、実際の金額は支給内容や控除の状況によって異なります。
自分の場合のおおよその額は、給与明細の手取り額をもとに電卓で計算してみると目安がつかみやすくなります。
養育費等の場合は2分の1
民事執行法152条3項は、民事執行法151条の2第1項各号に掲げる義務(婚姻費用の分担、養育費、扶養義務等にかかるもの)に係る金銭債権を請求する場合、前2項の「4分の3」を「2分の1」と読み替えると定めています。つまり、養育費等を請求債権とする差押えでは、手取りの2分の1まで差し押さえることができます。
退職金・賞与も対象になる
民事執行法152条2項は、退職手当およびその性質を有する給与に係る債権について、その給付の4分の3に相当する部分を差押禁止としています。賞与についても、152条1項に「賞与」が明記されており、給与と同様の扱いになります。
差押えが禁止されている給付
生活保護法58条は、保護金品を差し押さえることができないと定めています。年金についても、国民年金法24条や厚生年金保険法41条により、原則として差押えが禁止されています(国税滞納処分による場合などの例外があります)。
差押えが禁止されている給付でも、口座に振り込まれた後は預金債権として扱われ、差押えの対象になり得ます。該当する状況にある方は、速やかに弁護士や法テラスに相談してください。
勤務先への影響
差押命令は第三債務者である勤務先に送達されるため、勤務先が事実を知ることになります。勤務先には、裁判所からの陳述催告に応じて回答し、対象額を債権者に支払うといった対応が求められます。
差押えを理由とする解雇について、法律が一般的にこれを許容しているわけではありません。ただ、事務負担や心理的な負担が生じるのは事実です。勤務先に知られたくないという事情がある方こそ、差押えに至る前の段階で相談することが重要になります。
差し押さえられたときにできること
1. 債権者と交渉する
債権者が差押えを取り下げることに同意すれば、差押えは終了します。分割払いの合意ができるかどうかは相手の判断であり、結果を約束できるものではありませんが、交渉自体は可能です。守れない金額で合意すると再び滞納するため、無理のある約束はしないでください。
無理のない金額を考えるには、毎月の収入と支出を家計簿で把握しておくことが役立ちます。
2. 債務整理を検討する
破産手続開始の決定があると、破産財団に属する財産に対する強制執行等は効力を失うものとされています(破産法42条)。同時廃止の場合には、破産手続開始の決定により強制執行が中止され、免責許可の決定が確定した時点で効力を失うという扱いになります(破産法249条)。個人再生についても、裁判所が強制執行の中止を命じることができる規定があります。
ただし、どの手続きが選べるか、どの時点でどうなるかは、事案の内容や裁判所の運用によって異なります。「必ず止まる」「誰でも使える」といった説明は正確ではありません。効果・期間・費用はいずれも事案ごとに異なり、信用情報への登録など生活面への影響も伴います。
3. 差押禁止債権の範囲変更の申立て
民事執行法153条は、裁判所が、債務者と債権者の生活の状況その他の事情を考慮して、差押命令の全部もしくは一部を取り消すことができると定めています。扶養する家族が多い、医療費の負担が大きいといった事情がある場合に検討される、法律で認められた正規の手続きです。給与差押えの取立権発生までの期間が4週間に延長されているのは、この申立ての機会を確保する趣旨でもあります。
4. 生活が成り立たない場合
差押えによって生活が維持できない状況になっているなら、自治体の自立相談支援機関や福祉の窓口にも相談してください。相談は無料で、秘密は守られます。参考:生活困窮者自立支援制度(厚生労働省)
強制執行を妨害する目的で財産を隠す、譲渡を仮装する、債務の負担を仮装するといった行為は、強制執行妨害目的財産損壊等罪(刑法96条の2)に該当し得ます。自己破産の免責不許可事由にもつながるため、短期的にも長期的にも不利になります。正規の手続きで対応してください。
相談先
法テラス(日本司法支援センター)は国が設立した法的トラブルの総合案内所です。サポートダイヤルは 0570-078374。収入と資産が一定の基準以下であれば、弁護士・司法書士による無料法律相談と費用の立替制度(民事法律扶助)を利用できます。基準や受付時間は改定される場合があるため、法テラス公式サイトで確認してください。
このほか、各地の弁護士会・司法書士会の相談センター、自治体の無料法律相談も利用できます。税金や社会保険料の滞納については、市区町村の納税課、年金事務所、税務署の窓口へ相談すると、納税の猶予や換価の猶予といった制度の説明を受けられる場合があります。
よくある質問
Q. 差押えの通知は本人に先に届きますか?
A. 通常は第三債務者である勤務先に先に送達され、その後に本人へ送達されます。本人への送達日が、取立権が発生するまでの期間の起算点になります。
Q. 転職すれば差押えは止まりますか?
A. 差押命令は特定の勤務先(第三債務者)を指定して発せられるため、退職してその勤務先から給与が支払われなくなれば、その差押えによって取り立てられる金額はなくなります。ただし差押命令や債務そのものが消えるわけではなく、債権者が新たな勤務先を把握すれば改めて申立てを行うことができます。根本的な解決にはなりません。
Q. 手取りが少なく、4分の1でも生活できません。
A. 民事執行法153条の差押禁止債権の範囲変更の申立てを検討できます。手続きの詳細は執行裁判所の窓口や弁護士に確認してください。あわせて、自治体の自立相談支援機関にも相談することをおすすめします。
Q. 複数の債権者から同時に差し押さえられたらどうなりますか?
A. 差押えが競合した場合、勤務先は供託を行い、裁判所が配当の手続きを進めるのが一般的です。差押可能額の上限そのものが増えるわけではありません。
Q. 副業やアルバイトの収入も対象になりますか?
A. 給与の性質を持つ債権であれば、勤務先を特定して差し押さえることは可能です。差押可能額は、それぞれの支払者ごとに計算されます。
Q. 差押えはいつ終わりますか?
A. 請求債権と執行費用が満たされた時点、債権者が申立てを取り下げた時点、または裁判所が差押命令を取り消した時点で終了します。残高が大きい場合は長期にわたることがあります。
Q. 給与の一部しか差し押さえられないなら放置してもいいですか?
A. 差押えが続く限り遅延損害金も加算されていくため、放置は解決になりません。完済までの見通しが立たないなら、返済条件そのものを組み直せないかを相談してください。
まとめ
給与の差押えは、民間の借金では債務名義がなければ行えません。裁判所から支払督促や訴状が届いた段階が、動くべき局面です。手続きは、申立て、差押命令の発令、勤務先と本人への送達、そして本人への送達から原則4週間の経過という順に進みます(民事執行法155条2項)。
差し押さえられる範囲は、民事執行法152条により原則として手取りの4分の1まで、手取りが44万円を超える場合は33万円を超える部分となります。養育費等を請求債権とする場合は2分の1まで拡大します(同条3項)。生活保護費や年金には差押禁止の規定があり、差押禁止債権の範囲変更を申し立てる制度(同法153条)もあります。
差し押さえられた場合の正しい対処は、債権者との交渉、債務整理の検討、そして専門家への相談です。効果・可否・期間・費用はいずれも事案ごとに異なります。まずは法テラスや弁護士会の窓口に相談してください。




